悲しみに寄り添ったのは誰か - アイスマンとチャーリーの比較

 下記の記事の内容で語りきれなかった、「マーヴェリックの周囲の人間が、マーヴェリックの心にどう接していたのか」についてまとめました。主に「トップガン(1986)」での描写を根拠にしています。

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(2022/9/4 追記)

※前回記事の「飛行機乗りの孤独についての比較」では、「なぜマーヴェリックはペニーたちとの疑似家族のかたちで落ち着いたのか」という点について考察しています。

 

1. はじめに

 「トップガン マーヴェリック(2022)」では、「トップガン(1986)」に登場していたアイスマンは登場しますが、一作目のヒロインであったチャーリーは登場しません。別なヒロインとしてペニーという女性が登場します。

 ここから、約30年後の時点では、チャーリーとの関係性は維持されなかったけれど、アイスマンとの関係性は30年間維持されたことが示唆されます。また、アイスマンとはかなりしっかりとした信頼関係が構築されていることが、「トップガン マーヴェリック(2022)」では描かれています。

 なぜそうなったのか、そこに至ったのかについての根拠は、「トップガン(1986)」の中ですでに描写されている、と私は考えました。特に決定的だったのは、グースを喪った直後のマーヴェリックに対する対応の差と私は考えます。アイスマンとチャーリーでは、真逆とさえ言える対応の差が作中で描写されています。

 それについて以下についてまとめます。

 

2. チャーリーの場合

(1)出会い

 マーヴェリック(ピート)とチャーリー(シャーロット)の関係性は、冒頭のバーでの賭けナンパから始まります*1。他の女性たちが華美で露出の多いワンピースドレスを纏い、嬉々として軍服姿の男たちに群がる様子が描かれますが、マーヴェリックは狙う対象として、そんな女性たちを選びませんでした。華やかな女性が多い中で、一人だけポロシャツを着てセーターを羽織りジーンズを履き、軍人たちに媚びるようすもないチャーリーの姿はあのバーの中では浮いて見えたことでしょう。あのシーンは、チャーリーの美しさに目を奪われた、と解釈することもできますが、マーヴェリックが選んだ理由は、「軍人狙いの女」ではないことにもあったのかもしれません。

 

(2)チャーリーを狙った理由?(持論)

 ここで脱線しますが、私自身は「女遊びも兼ねて、マーヴェリックは父の死の真相を調べようとしていた」説を提唱しています。(以下、個人的解釈が強いため小文字表記にします)

 おそらく海軍基地内と思われるバー(軍人の客が多く、入り口にアメリカ国旗が複数掲げられている)の中で、軍人との遊び目的には見えない女性がいた場合、それは「軍の関係者」と推測できます。軍の上層部や軍事機密に近づける人間を探し、父の真相にアクセスしようとしていた可能性もあるのではないでしょうか。作中、マーヴェリックは過去に「司令官の娘」とも関係があったことが語られています*2

 また、作中チャーリーが機密情報に近づける立場の人間であることを知った*3上で、チャーリーの自宅に呼び出された後、父親の死の真相について調べていることを吐露しています*4。興味を持った彼女に対し

「機密に近づけるんだろ?調べろよ(原語: I figured with your security clearance you'd know more about it than I do.)」

とまで言っていますから、これまでも過去の女性にこのようなやり口で機密情報をしらべるようにとけしかけていたのかと想像してしまいますね。

 「遅れてすまない」と表面上は謝罪しているマーヴェリックの表情が、何かを試すような顔をしている*5のも、「眼の前の女が自分の情報収集の使い物になるか」と品定めしているかのような冷徹さが含まれているようにも見えます。この時ですが、目にキャッチライトが入らない位置に移動し、木漏れ日で顔の陰影を際立たせることで、表情の真意が読み取りにくいようなカットとなっています。こうしたマーヴェリックの心情を表現するための撮影時の指示かもしれません。女遊びをしているようでいて急に冷徹な表情に変わったことに、チャーリーも

「むずかしい人ね(原語: This is going to be complicated.)」

と返しています。

 その後、マーヴェリックは少しの間待ったあと、チャーリーからは何も得られそうにないと思ったのか、すぐに身を引きその場から立ち去っています。

 チャーリーとのベッドシーンすら、ヴァイパーから真実の機密情報を知る前の段階であることを考慮に入れてもいいかもしれません。

 とはいえ、上記はかなり穿った見方をした場合です。マーヴェリックは単に駆け引きが上手く遊び慣れていて、「そういう媚びてこない女が好き」という説明で片付けることも、もちろん可能です。チャーリーの家に呼ばれたのにミグの話ばかりされて気落ちしているような様子*6や、父の死の真相を知った後、チャーリーが戻ってきたことを喜ぶ様子もみられる*7ので、純粋にチャーリーと付き合いたかった、と考えることもできます。

 

(3)チャーリーが愛した「天才パイロット」

 話がかなり脱線してしまいました。その後のチャーリーのマーヴェリックに対する対応について記載します。

 作中を通して、チャーリーは「天才的なパイロットであるマーヴェリック」のことが好きな女性として徹底して描かれています。ただのパイロットでは興味を持たず*8、冷たくあしらっています。トップガンの教官なので、普通のパイロットには見慣れている、というのもあるでしょう。

 しかしながら、マーヴェリックが「ミグと渡り合った」と知り、急にマーヴェリックに興味を持つようになります*9。そこからチャーリーの(ミグとの接触について詳細を知ろうとするための)積極的なアプローチが始まります。

 

 結果的にはチャーリーはマーヴェリックに対し恋に落ちるのですが、告白する時のセリフですら、

「あなたは天才的なパイロットよ。でもそう言うと皆に知られてしまうわ。あなたに恋したことを(原語: I see some real genius in your flying, Maverick, but I can’t say that in there. I was afraid that everyone in that TACTS trailer would see right through me. And I just don’t want anyone to know that I’ve fallen for you.)」

と語っています*10。このセリフこそが、チャーリーの本質をよく表していると言えるかも知れません。

 

 そうした態度が、グースを喪いトップガンから去ろうとしたマーヴェリックにかける言葉にも表れています*11

「調べたけど、あなたの責任じゃないのよ。確かよ (原語: I've seen all the evidence, and it's not your responsibility. It's not your fault.)」

「......。」

「あなたは最高のパイロットよ。空を飛ぶのは危険だけど、あなたの道よ(原語: You're one of the best pilots in the Navy. What you do up there... It's dangerous. But you've got to go on.)」

「君には分からない (原語: You don't understand.)」

「最初に会った時、あなたは自信に満ちていた。今は?あなたにはマッハ2の世界が必要なはずよ(原語: When I first met you, you were larger than life. Look at you. You're not gonna be happy unless you're going Mach 2 with your hair on fire.)」

「それはもう終わったんだ(原語: No, that's over. It's just over.)」
「トップの人間でもミスはするわ。でも皆歩み続ける(原語: To be the best of the best means you make mistakes and then you go on. It's just like the rest of us.)」

「知ってるよ(原語: You don't think I know that?)」

「力にならせて(原語: I'm here to help.)」

「気持ちは嬉しいが、助けが必要なら頼んでるよ(原語: Look, thank you. If I'd wanted help, really, I would have asked for it.)」

「遅かったのね。言ってもムダね。ギブアップする事しか学ばなかったのね。(原語: So, I'm too late. You've already left. You didn't learn a damn thing, did you? Except to quit.)」

「......。」

「最後まで操縦は見事だったわ。さよならピート(原語: You've got that manoeuvre down real well. So long, Pete Mitchell.)」

 このやり取りの中で、チャーリーはマーヴェリックに対して、再び空を飛ぶことばかり求めています。まるで、喝を入れて叩き直せば元に戻るとでも思っているかのようです。

 そして、それでも空を飛ぶことを諦めようとしているマーヴェリックに対して、去り際に

さよならピート(So long, Pete Mitchell.)」

と吐き捨てています。彼女にとって必要なのは「空を飛ぶマーヴェリック」であり、「空を飛べないピート」ではないのです。

 その上、チャーリーはマーヴェリックが「父を喪い、母も喪い、孤独に生きた」話を彼からすでに聞かされていたにも関わらず、グースすら喪った直後の状況で、それに対する寄り添いや共感は示していないのです。彼ほどの人間がトップガンを去るという選択をしたことの重大さ、彼が抱える傷の痛みを、想像できていないことの表れでしょう。「あなたの責任ではない」ということさえ分かれば立ち直るとでも思っているような、チャーリーの浅はかさと無理解、共感性のなさ、配慮のなさが表現されているシーンと言えるでしょう。

「知ってるよ(原語: You don't think I know that?)」

と、やや苛立ち気味にチャーリーに返すマーヴェリックの様子に、自分の発言が的外れであることにも気づけていません。故に、

「気持ちは嬉しいが、助けが必要なら頼んでるよ(原語: Look, thank you. If I'd wanted help, really, I would have asked for it.)」

とまで言われてしまっています。

 

 チャーリーが「天才パイロット」が好きだ、という態度は、物語のエンディングまで徹底して描かれています。ストーリー終盤、マーヴェリックが精神的な傷の痛みを乗り越え実戦で活躍し、復活を遂げた後、チャーリーは再びマーヴェリックのもとに現れます*12

 このシーンは、復帰したマーヴェリックに会いに来た、心配して顔を見に来た、とも取れます。その一方で、敵機を次々に撃墜した天才パイロットとして復活したマーヴェリックに惚れ直して戻ってきた、とも取れるでしょう。

 ラストシーンで愛おしそうに触れ合う二人ではありますが、この時代の映画にしては珍しく、キスシーンで終わっていないのも印象的です。その距離感が、続編である「トップガン マーヴェリック」に彼女が関わってこなかったという結末を示唆しているのかもしれません。

 

3. アイスマンの場合

 グースを喪ったあと、トップガンを去ろうと空港に向かう直前、ロッカールームでマーヴェリックが荷造りをしているシーン*13。ここでマーヴェリックはアイスマンと二人きりになります。アイスマンは戸棚に身だしなみの道具をしまっていきますが、その動作すら、不用意な音を立てぬよう丁寧な仕草で行っています。

 ここでのアイスマンの態度は、その後に描かれるチャーリーの態度とはかなり対照的と言えます。ここで原語版でのセリフを見てみましょう。

Mitchell, I'm sorry about Goose. Everybody liked him. I'm sorry.

(字幕: ピート。グースは――いい奴だった。残念だ)

 この言葉を伝える時、アイスマンは間を空けながら、言葉を選びながら話しかけています。かけるべき言葉がわからないような、どこまで言及してよいのかを迷っているような表情にも見えます。そして彼が考え抜いた結果、アイスマンが伝えることができたのは、たったこれだけの言葉しかありませんでした。最後に、「I'm sorry.」と付け加えるほどに。

 このシーンのなかで、マーヴェリックの態度は大きく変わります。アイスマンに話しかけられた当初は握りしめた拳を震わせ、振り返りもせずに険しい顔のまま彼の言葉を聞いています。このときのマーヴェリックには手負いの獣が傷跡に触れられるのを恐れるかのような気迫があるのですが、その緊張感がアイスマンのこのたどたどしい言葉によって、ふっと力が抜けたように緩むのです。

 これまでアイスマンはマーヴェリックに対し、的確ながらも厳しいことを言及する立場でした。それもあり、マーヴェリックはアイスマンの声を聞くだけで警戒していたのかもしれません。けれど実際には、アイスマンはマーヴェリックが抱える悲嘆に土足で踏み込もうとするようなことはしませんでした。それは、相棒グースを喪ったことの悲しみや、それだけでは説明しきれない悲痛な苦しみが彼のなかにあること、そしてそれが「トップガンを去る」ということすら選択させる重みがあるということから、感じ取ったのかもしれません。「それは、不用意に触れてはいけない痛みだ」ということに気づき、それでも寄り添おうとする態度を示そうとした結果、絞り出すことができたのが、あの言葉だけだったのでしょう。

 アイスマンの優しさは、いわば、「触れてほしくない場所に不用意には触れない優しさ、思いやり」と言えるかも知れません。自分にできることの限界や領分を把握しているとも言えるでしょう。その優しさは、この次のシーンであるチャーリーの追い打ちのようなやり取りによって、コントラストがさらに高まります。

 コールサインとしての「マーヴェリック」ではなく、「Mitchell」と呼びかけるのも、空を飛ぶことを強要せず、空を飛ぶことを諦めたマーヴェリックの選択を否定しない立場を表す態度とも言えるでしょう。これもまた、チャーリーが去り際に吐き捨てた「So long, Pete Mitchell.」との対比がはっきりと出ているシーンと言えます。

 

4. さいごに

 「トップガン マーヴェリック(2022)」は、「トップガン(1986)」における人間関係の答え合わせとなった作品だと私は考えています。アイスマンの優しやさ、アイスマンとマーヴェリックとの信頼関係、そして「真にマーヴェリックの孤独や悲しみに寄り添ったのは誰か」ということへのアンサーが、「トップガン マーヴェリック(2022)」で示されているのでしょう。続編が丁寧に人間関係の「その後」を描いてくれたことによって、「トップガン(1986)」の魅力がさらに増した形になっていると私は考えています。

 

*1:トップガン」本編22分ごろ

*2:トップガン」本編14分ごろ、上官からの説教シーン

*3:トップガン」本編27分ごろ、「私は国防省から最高機密に触れる資格をもらっています」

*4:トップガン」本編45分ごろ

*5:トップガン」本編47分ごろ

*6:トップガン」本編44分ごろ、「ミグは忘れよう」

*7:トップガン」本編1時間43分ごろ

*8:トップガン」本編23分ごろ

*9:トップガン」本編28分ごろ、「あなたなのね」

*10:トップガン」本編53分ごろ

*11:トップガン」本編1時間18分ごろ

*12:トップガン」本編1時間43分

*13:トップガン」本編1時間16分ごろ