デッキブラシの勇気 - 劇場版「魔女の宅急便」終盤考察
劇場版「魔女の宅急便」のクライマックスシーン、キキがデッキブラシに乗ってトンボを助けに行くシーンにおける、デッキブラシの挙動について考察しました。
私としては、このデッキブラシは高所恐怖症だったのでは?という仮説を考えています。
※注意※
- 以前考察した内容のまとめ直しになります。
- 本編の時刻は北米版Blu-ray Discの時間を記載しています。
- 画像は全て以下のページから引用しています。
魔女の宅急便 - スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI
1. 本編における描写の振り返り
作中におけるデッキブラシの描写についてまず確認します。
- テレビ中継で飛行船が強風で吹き飛ばされる*1
- トンボが宙吊りになっていることにキキが気づく。
- キキがトンボを助けに向かう
- パトカーが飛行船から落ちる
- キキが掃除のおじいさんからデッキブラシを借りる
- キキが何らかの処置を行いデッキブラシに変化を与える
- デッキブラシの毛先が毛羽立つ
- デッキブラシが浮かぶ
- キキが「飛べ」と言うとデッキブラシが高く飛び上がる
- 飛行船と同じ高さでは不安定にふらふらと飛ぶ
- デッキブラシが急に降り、キキが屋根の上に落ちる
- テラスや通路の中を通る
- 屋根より高いところへ飛び上がり、キキが「まっすぐ飛びなさい、燃やしちゃうわよ!」と叱咤
- 飛行船が時計塔にぶつかる
- キキが「もっと早く!」と叫ぶと、デッキブラシが再び勝手に地面スレスレを飛行し、ものすごい速度で飛行船に近づいていく。キキは「こらー!」と怒っている。
- 飛行船の船尾が倒れて建物に引っかかる
- テレビの実況が入る
- トンボを助けに近寄るが、ガタガタと飛んでしまい飛行が安定せず、トンボに手が届かない
- トンボがロープから手を離し落下する
- 背景にある建物の屋根よりも低い高さの空中でようやくトンボの手を掴む
- ゆっくりと安定した速度で降りてくる
と、上記のような流れで描かれています。
デッキブラシの反応をここから抽出してみると、
- 地面から離れて高くなればなるほど飛行が安定しなくなる
- 屋根の上よりも高い位置ではふらついた飛行になる
- 地面の近くを飛ぶほうが早く移動できる
という傾向があることから、私は「デッキブラシは高所恐怖症だったのでは?」という仮説を考えました。
2. 「魔女のほうき」の性質について
作中において、魔女のほうきがどのような性質を持つものかについての描写は少ないですが、描かれている内容についてピックアップしてみます。
(1)「嵐にも驚かずに飛ぶ」
まず、冒頭のキキが旅立つ際に自作のほうきを持っていこうとするシーン。母親がそれをたしなめ、自分の作ったほうきを持っていくようにと勧めます*2。
母親「あなたそのほうきで行くの?!」
キキ「うん!新しく作ったの!かわいいでしょー」
母親「だめよー、そんな小さなほうきじゃ。お母さんのほうきを持っていきなさい」
キキ「やだぁそんな古いの」
母親「だからいいのよ。よーく使い込んであるから、嵐にも驚かずに飛ぶわ。ね?そうしなさい」
キキ「......せっかく苦労して作ったのにー。ねえジジ?」
このやりとりから、
- 魔女のほうきにも経験が必要。ほうきを使い込むことが重要。
- 経験の少ないほうきは、驚いて飛べなくなる場合がある
- ほうきには大きさも重要
ということが示唆されます。
この「ほうきの大きさ」に関しては、後半のデッキブラシにもある程度影響しているかも知れません(デッキブラシはほうきと比べると毛先が短いため)。
実際に、母親のほうきに乗ったキキは、雷雨の中を飛んでいる際*3も、少し揺らいだ程度で雨の中でも飛び続けることができていました。
また、ほうきがカラスたちに攻撃されついばまれた際には、かなり本気で「やめなさい!」と怒っています*4。ほうきと毛先の長さの関係はそこからも重要であることが推測されます。
(2)自作のほうき
キキは旅立つ際、自分で作ったほうきに乗ろうとする様子もありました。また、一度母のほうきを折ってしまった際に自分で修理をしたりもしています*5。ここから、
- キキは自分で箒をつくることができる
- キキには、ほうきが"生まれて"はじめて飛ぶ際の飛ばし方のノウハウが有る
と推測できると考えます。
このノウハウがもともとあったことによって、「そのへんのデッキブラシを借りてすぐに飛ぶ」という発想につながったのではないかと考えます。
(3)ほうきの扱い
キキが「初めて乗る」ほうきの描写は、最初の母親のほうきに乗って旅立つシーンと、デッキブラシのシーンの2回あります。
母親のほうきに乗って飛び立つシーンでは、ふわりと浮いた後に地面に降りようとするほうきをキキがピシャリと叩くと、勢いをつけて荒っぽく飛び立ちます。木々にぶつかって鈴の音が鳴る様子は印象的なシーンです*6。
また、デッキブラシを初めて飛ばす際には、「飛べ」と命令しています。
(4)飛ぶための処置
これは推測でしかありませんが、ふつうのほうき(デッキブラシ含む)がまず飛べるようになるためには、魔女によってなんらかの前処置が行われる必要がありそうです。これによりデッキブラシの毛が毛羽立ち、飛行できるようになります。飛行道具としての自我を目覚めさせるとか、魔女のエネルギーを伝えやすくるとか、なにかそういう処置だと思われます。
ウルスラの家で、キキは空を飛ぶことについて以下のように語っています。
キキ「私、前は何も考えなくても飛べたの。でも、今はどうやって飛べたのかわからなくなっちゃった」
ウルスラ「魔法ってさ、呪文を唱えるんじゃないんだね」
キキ「うん、血で飛ぶの」
ウルスラ「魔女の血か。いいね、あたしそういうの好きよ」
(5)「相変わらず下手ねえ!」とは
キキが実家から飛び立つ際、母親が「相変わらず下手ねえ!」と心配そうに叫びます*7。ほうきに乗って飛び立つ動作が下手、ということであれば、それ以降の本編で飛ぶ際の動作も下手に描かれるはずです。
なお、キキが飛ぶ際に不安定な様子が見られたのは、
- 母親のほうきにまたがって飛び立つシーン
- 雷雨の中で雷が間近に落ちた際に少し揺らいだシーン*8
- 貨物列車から飛び立った際に木にぶつかるシーン*9
- 町中を飛んでいた際に観光バスの前に飛び出してしまい、道路上で危険な飛び方をしてしまったシーン*10
- 魔法が弱くなり、飛ぶ力がなくなったシーン*11
などです。それ以外での描かれる飛び立つ際の様子を見ると、少なくともウルスラから黒猫のぬいぐるみを受け取ってから飛び立つシーンではスムーズに飛び立っています*12。
この点を考慮すると、キキが「相変わらず下手」なのは、「慣れていない箒でいきなり飛び立つこと」なのではないのでしょうか。
そう考えると、後半のデッキブラシでいきなり飛ぶシーンは、スランプ中だったキキとしても元々苦手なことにいきなり取り組むなど、かなり無理をしていたと考えられます。
3. デッキブラシ目線で考える
さて、ここでデッキブラシになったつもりで考えてみましょう。親近感を持たせるために「デッキブラシくん」と以下では呼びます。
デッキブラシくんのイメージは......アラジンの魔法の絨毯くんのノリで考えてみてください。魔法がかかっていて飛ぶアイテムであり、喋りはしませんが、その中にある程度の自我が入っているイメージでお願いします。
※なお、「魔女の宅急便(1989)」と、「アラジン(1992)」ですので、アラジンのほうがあとになります。
(1)おじさんと共に生きてきた「箒生」
デッキブラシくんはおそらく、持ち主のおじさんと共にこの街で暮らしてきました。この街には長らく魔女はいなかったため、空を飛ぶ箒に出会うこともなかったことでしょう。
時計塔のおじさん「ああ、魔女とは珍しいな」*13
キキ「おはようございます。あの、この街に魔女はいますか?」
時計塔のおじさん「いいや、最近はとんと見かけんなあ」
バーサ「黒猫にほうき。ほんとにひいばあちゃんの言ったとおりだわ!」*14
箒やデッキブラシは人に使われ、地面や床の上を掃除するのが役目です。故に、デッキブラシくんが移動したことがあるのは、おじさんが運んでいく先の街中や建物の中ばかりだったと思われます。街の通路の道順や、窓の外から見下ろす景色は日頃から見慣れていたことでしょう。
それ以外の在り方を示す姿は、伝聞で聞いたことはあったかもしれませんが、デッキブラシくんも実際に見たことはなかったと思われます。
(2)「飛べ」と言われた日
ある時、この街には珍しい魔女の娘が、このデッキブラシを貸してほしいと言ってきました。されるがままに手渡されたデッキブラシくんは、衆人に囲まれる中でいきなり上に跨がられ、なにかをされます。これまでに経験したことのない処置をされ毛先が毛羽立ち、少しだけ浮くことができるようになりました。
自分が宙に浮くことができたことに半信半疑だったデッキブラシくんでしたが(推測)、それもつかの間、魔女に「飛べ!」と指示されます。壁を蹴り上げながら飛び上がるうちに、今まで馴染み深かった地面はすっかり遠くなり、屋根の上まで来てみたものの、その高さにデッキブラシくんはすっかり怖くなってしまいました(推測)。恐怖のため上空でしばらくふらふらと飛んでいると、遠くに飛行船が見えます。魔女の指示では、そちらに飛べば良いようです。怖くなったデッキブラシくんは、地面の上を行こうと急に高度を地面近くに下げようとしますが、乗り手の魔女は屋根にぶつかってしまいます。デッキブラシくんはテラスや通路の中を通って飛行船の方角に向かおうとしますが、魔女は再び屋根の上まで高度を上げるように指示してきて、そのうえ「まっすぐ飛びなさい、燃やしちゃうわよ!」と脅してくる始末です。
時計塔に飛行船がぶつかり、その様子を見た魔女は「もっと早く!」と叫びました。ことの重大さを理解したデッキブラシくんは、迷わず再び勝手に地面スレスレを飛行し、箒生の中で最高速度で飛行船に近づいていきます。鞍上の魔女は再び高度を下げたことに「こらー!」と怒っていますが、今はとにかく善は急げ。地面の近くならば、道もわかるし怖くありません(推測)。車の間を縫うように飛び、あっという間に時計塔広場に到着しました。
(3)屋根よりも高いところ
いきなり徴用された上、慣れない空中を飛ばされている中、そこには飛行船からロープにぶら下がる一人の少年が。鞍上の魔女はその少年を助け出そうと、再び宙高く跳ぶようにと指示してきます。
キキ「こら、いい子だから言うこときいて!」
しかしそこは、屋根よりもはるか高い位置。デッキブラシくんも覚悟を決め少年の元へと近づきますが、やはり地面が遠くなると怖い。高所恐怖症のため、落ち着いて少年に近づくことができません。ガタガタと上下に大きく揺らいでしまいます。
少年の手がロープから滑り落ち、少年が落下していきました。屋根すら見下ろせてしまうその高さでは恐怖で身がすくんでいたデッキブラシくんも、彼の元へと急ぎます。しかし地面が近づくほどに、デッキブラシくんの恐怖心も和らいでいきました。
そして、建物の屋根よりも低い高さ(おおよそ3階建ての建物の窓の高さ程度)のところで、デッキブラシくんは少年のもとへ追い着きます。そこで魔女も無事少年の手を掴みました。
高所恐怖症のデッキブラシくんでも、窓と同じ高さまでなら安定して飛行できたのです。
少年を救い出し、デッキブラシくん(と鞍上の魔女)はヒーローになりました。周囲の人々の歓声の中、デッキブラシくんはゆっくりと優雅に舞い降ります。持ち主のおじさんも誇らしげです。
掃除夫「あのデッキブラシはわしが貸したんだぞ!」*15
その武勇伝は街の子供達にも知られることになり、魔女のコスチュームの必須アイテムとして、「黒のワンピース、赤の大きなリボン、手にはデッキブラシ」という組み合わせが真似られるようになりました*16。
(4)高所恐怖症の克服
エンディングで、キキはデッキブラシを愛用し、それで飛ぶようになりました。
ジジとリリーの子どもたちを乗せたキキは、デッキブラシにまたがり街を見下ろす高さを飛んでいます。初飛行でヒーローとなったデッキブラシくんはきっと、その後高所恐怖症を克服したのでしょう。
(5)もうひとつの、怖がりの箒
デッキブラシくんが空を飛ぶにあたって最終的には恐怖を克服したわけですが、この経緯から「ほうきにはある程度自我がある」前提で見ていくと、もうひとつのほうきの感情も見えてきます。
キキが初めて「海の見える街」に来た際に、観光バスの前に飛び出した後、複数の車の前で危険な飛び方をした母親の箒。その後車道から離れたがるように飛び去ります。
人混みをかき分けるように勢いよく飛び、人通りの少ない通路へと逃げ込みました。このときのキキの様子は「箒を操縦する」というよりも「箒が勝手に逃げ出すところにしがみついている」ように描かれています。
もしかするとこの時は、母親の箒くんの意思で飛んでいた可能性があります。車にぶつかって粉々になりそうになったことにびっくりして、車が怖くなり、車の前に飛び出すのが嫌で、車道から逃げるように飛び去ったのかもしれません。だからこそ、車の見えない狭い道でようやく落ち着いて着陸できたのかもしれません。
4. おわりに
半分くらい妄想で補完してしまいましたが、こういう視点でほうきたちの挙動を見てみると、そのむちゃくちゃな動きに説明が付きます。今度「魔女の宅急便」を見る際には、ぜひこのほうき視点から飛び方をみることを楽しんでください。
「魔女の宅急便」は、うちの2歳児もジジのことが大のお気に入りの作品です。ぜひ小さいお子さんがいるご家庭でも見てみてください。